クラシック音楽とオーディオが大好きなblog

とてもゆる~いファンです。悪しからず・・・

ベートーヴェンの交響曲第7番

 ドラマ、映画の『のだめカンタービレ』のオープニングに採用され、国内でひときわ有名になった、ベートーヴェン交響曲第7番。もともと人気があり、演奏機会も多いこのノリノリの曲は、ベートーヴェンが40歳のときの作品です。ウィーン大学の講堂で行われた一般公開の初演で大ウケし、第2楽章がアンコールで演奏され、新聞には「拍手は陶酔の域に達した」と書かれたそうです。その後の演奏会でも再演され、この曲によってベートーヴェンは国民的作曲家ともいえる人気を獲得したのです。

 しかし、いつの世にも新しいものを受けつけないというか、ついていけない人はいるようで、歌劇『魔弾の射手』を作曲したウェーバーは、27歳のときにこの音楽を聴き、「とうとうベートーヴェンも精神病院行きだ」と語ったといわれます。また、大指揮者時代の一人であるワインガルトナーは、この第7番を「ほかのどの音楽よりも精神的疲労を感じさせる」と批判。彼らには、ただ狂乱だけの音楽としか受け止められなかったのでしょうかね。

 一方で、リストは「リズムの神格化」と賞賛し、ワーグナーは「舞踏の聖化」と表現し、グレン・グールドは「世界で最初のディスコ・ミュージック」だと評しています。ベートーヴェンもきっとノリノリで作ったに違いないこの第7交響曲。フィーナーレでは身体がどこかにぶっ飛びそうになります。不肖私の愛聴盤は、アーノンクール指揮、ロイヤル・コンセルトへボウ管弦楽団による演奏です。

 

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ベートーヴェン:交響曲第7番

ベートーヴェン:交響曲第7番

 

マリス・ヤンソンスが亡くなった・・・

 ああ、大好きなマリス・ヤンソンスが亡くなってしまいました。享年76歳。とても悲しいです。彼の紡ぎだす音形の美しさといったらなかった。そして、すべての演奏が温かなヒューマニズムに満ち溢れていた。僭越ながら、深く哀悼の意を捧げます。そして、たくさんの素敵な音楽を聴かせていただき、ありがとうございました。

 

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モンテヴェルディの歌劇『ポッペーアの戴冠』

 モンテヴェルディ(1567~1643年)が76歳で亡くなる年にヴェネツィアで初演されたという歌劇『ポッペーアの戴冠』。その美しく魅力的な音楽とは裏腹に、オペラのストーリーは実に「不道徳的」なのであります。

 冒頭に、運命、美徳、愛の三女神が登場し、運命は人間の力の及ぶところではないことを示唆する。

 夫のあるポッペーアという女性が、古代ローマ皇帝のネロ(オペラではネローネとなっている)に取り入り、媚態のかぎりをつくして残忍なネローネを籠絡。二人は恋に落ち、ネローネは彼女の夫オットーネを遠方に派遣し、その間に情事に耽った。

 ポッペーアが奪われたのを知ったオットーネは自暴自棄に陥り、狂気と絶望の叫び声をあげる。一方、ネローネの妻オッターヴィアオットーネに命じて、ポッペーアを殺そうとするが、愛の神の介入によって妨げられてしまう。

 けっきょくネローネは妻を離縁し、ポッペーアを娶る。ネローネを諌めた哲学者のセネカは自害させられ、オッターヴィアはローマから追放されて海に流される。

  このような、善が滅び、悪が栄えるという衝撃的な筋立てに、モンテヴェルディは、何か特別な意図を込めたのでしょうか。真の人生とはそうしたものだって? それとも、やがては滅びることになる二人の栄華のはかなさを描こうとした? うーん、無粋な私にはよく分かりません。とにかく、音楽はこのうえなく美しいのです。愛聴盤は、ガーディナー指揮による、1993年ロンドンでのライブ録音です。

 

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モンテヴェルディ:ポッペーアの戴冠

モンテヴェルディ:ポッペーアの戴冠

  • アーティスト: ガーディナー(ジョン・エリオット),マクネアー(シルヴィア),オッター(アンネ・ソフィー・フォン),ハンチャード(ダーナ),チャンス(マイケル),ダルテーニャ(フランチェスコ・エッレロ),ボット(キャサリン),フィンク(ベルナルダ),バルコーニ(ロベルト),イングリッシュ・バロック・ソロイスツ
  • 出版社/メーカー: ユニバーサル ミュージック クラシック
  • 発売日: 2002/06/26
  • メディア: CD
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音声基盤の静電気を直接除く

 「Elesta(エレスタ)」というオーディオ・アクセサリーのメーカーがあります。かのティアック出身の野村典彦さんという方が個人で経営なさっている会社だそうで、ホームページでプロフィールを拝見すると、神戸市のマンション?の一室らしきところが住所になっています。失礼ながら、まだそれほど大々的に事業展開なさっている感じではないです。

 同社が取り扱っているのは、マイナスイオンの力によってCDやオーディオ機器の静電気を除去するアイテムです。実は、近ごろマイ・ブームになっているのが、この除電なんです。ホームページの説明によると、

 

 オーディオ機器が静電気の影響を一切受けないと仮定したら、今お使いの機器は驚く程のパフォーマンスを発揮しますが、オーディオ機器は電気を動力に動作していますので、電流が流れると必ず機器は帯電して機器の性能は通電時間と共に劣化してしまいます。

 対策として、静電気を除去すれば音質は著しく向上致しますが、市販の殆どの製品が演奏前に除電するだけですので、最初の数分は効果が有りますが、時間の経過と共に徐々に微弱電流が、機器やディスクに帯電してしまい、除電直後の状態はキープ出来ません。

 Elesta がお届けする除電アクセサリーは、常時マイナスイオンを常温で放出する天然鉱石を含んでいますので、再生中も常に除電を行う為、最初と最後で音質に劣化が無く、一度装着すると、メンテナンスの必要もございません。 

 

 この、常時作用してくれる、またメンテナンス不要というのが大きなミソでして、しかも電気代もかからないというのが、まことに有難いアイテムです。アンプやCDプレーヤーの上に置くだけという別商品もあって既に使用中ですが、今般新たに導入したのが、S.PIN EVO.という商品です。入力用RCA端子の空きソケットに装着し、機器内の音声基盤に直接作用して除電してくれるそうで、効果として「クリアな音質・定位感・音の輪郭等の改善」が謳われています。

 何かと「過ぎたるはなお及ばざるが如し」といわれますので、ここまでやる必要があるのかとも思いましたが、気になったら試さないと気がすまない性分。聴いて感じましたのが、一言でいうと「とても気持ちがよい」です。「経費対効果ではエレスタ製品最高水準と言っても過言ではありません」と同社が言っているとおりの確かな効果を感じます。何曲か聴きましたところでは、上記の改善点に加えて、響きがとても煌びやかになる感じです。おすすめしたく思います。

 

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作曲家の亡くなった順

 おもな作曲家について、知識の整理整頓のため没年順に並べてみました。

 

1643年 モンティヴェルディ(76歳)

1741年 ヴィヴァルディ(63歳)

1750年 バッハ(65歳)

1791年 モーツァルト(35歳)

1809年 ハイドン(77歳)

1827年 ベートーヴェン(56歳)

1828年 シューベルト(31歳)

1847年 メンデルスゾーン(38歳)

1849年 ショパン(39歳)

1856年 シューマン(46歳)

1869年 ベルリオーズ(66歳)

1875年 ビゼー(37歳)

1883年 ワーグナー(69歳)

1886年 リスト(74歳)

1893年 チャイコフスキー(53歳)

1896年 ブルックナー(72歳)

1897年 ブラームス(63歳)

1901年 ヴェルディ(87歳)

1904年 ドヴォルザーク(62歳)

1911年 マーラー(50歳)

1918年 ドビュッシー(55歳)

1937年 ラヴェル(62歳)

1943年 ラフマニノフ(69歳)

1957年 シベリウス(91歳)

1971年 ストラヴィンスキー(89歳)

1975年 ショスタコーヴィチ(68歳)

 

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桑野さんのオーディオ・ルーム

 ドラマの『まだ結婚できない男』で何かと話題になっている桑野さんの部屋。13年前の前作のときと部屋そのものは同じながら、オーディオ機器がグレードアップしているなど、いろいろなアイテムが変わっているのが興味深いところです。縁日の金魚すくいでゲットした金魚も、ずいぶんデカくなっていますものね。

 ただ、せっかくのカッコいい部屋に対して、まことに言いにくいのですが、オーディオ・ファンの端くれの観点から若干気になる部分があります。というより前作から気になって気になってしようがない部分。細かいことを言うようでちょっとアレなんですけど・・・。

 まずは、スピーカーの設置位置です。元々の作り付けのテレビ台のような場所に置いているのですが、ただでさえ背の高いトールボーイ型のスピーカーですからね。チェアに腰掛けたときのリスニングポジションに対して位置がかなり高過ぎる気がしますが、如何なもんでしょう。地震がきても危ないですし。

 それから、これは部屋の間取りから仕方ないところですが、スピーカーに向かって左側が壁になっているのに対し、右側はダイニングキッチンに向けて開放されていますでしょ。何も遮るものがない。こういうのって、決してバランスのよい音が聴けないように思うのですが、どんなもんでしょう。

 何事にも一家言のある桑野さんですからね、きっとオーディオに関しても強い拘りをもっているはず。それなのに???と感じたところです。まードラマの内容には関係ないし、全然大した話じゃないので、お聞き捨ていただければと存じます。

 

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オーディオ機器を「有機体」のように

 カイザーサウンドのオーディオ格言集 | 考え方 | Rosenkranzというサイトがありまして、オーディオ・ファンにとって、けっこう為になる格言というか意見、考え方がたくさん載っています。ぜひご覧になってください。そして、いろいろある中のひとつに、オーディオ機器を「物理的機械と考えず、有機体と捉えると好結果になる」というのがあります。これはまことに「言い得て妙」といいますか、僭越ながら「わが意を得たり」のご意見と思います。

 つまり、アンプやスピーカーなどの各機器に対して、あたかも心や魂のある生き物のように接する。別の言い方をすれば、彼ら?が少しでも気持ちよく喜んで稼動できるような環境をつくってあげる。そうすれば好結果になるって。不肖私もこれまで多くの試行錯誤を重ねてきて、まさにそこが大きなポイントだよねと思うところです。

 たとえば、機器たちに、ごちゃごちゃと窮屈な思いをさせない、しっかりと安定した場所に置いてあげる、きれいな電気を流してあげる、電気が気持ちよく流れる素材を用意してあげる、ストレスを感じさせない空間をつくってあげる、熱や湿度にも気をつかってあげる、出てきた音が気持ちよく響くような部屋の環境をつくってあげる・・・等々。まさに自分が機器や電流や音になったつもりになって、といったところでしょうか。

 まーでも、おそらく多くの熱心なオーディオ・ファンの方々は、あらためて言われるまでもなく、ずっとそのような気持ちでやってこられていると思います。だからこそ、かの長岡鉄男さんの言にあるように、「オーディオとは、ひとりひとりが、己れのセンスを追及していくことであり、一万人のオーディオマニアがいれば、一万組のちがったコンポーネントができて当然」ということになる。まさに一人ひとりの美学の具現であり、ちょっと大げさに言えば、ある意味、自分の分身のようなものなんですよね。

 

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